ふわふわとした意識の中で、何故か、笑っているが居た。

俺自身がどんな表情してるのかは、鏡がねぇから見えねーけど。

俺も笑っているというのが、どうしたものか、わかった。

笑っているの右頬に手を当てると、目を細めて擦り寄るように手に顔を近づけた。

すると、はいきなり避けるように後ろへ退いた。


―赤也のところ、行かなきゃ。ばいばい、日吉。―


はぁ?何言ってやがる。ちょっと待て、

どこへ行くんだよ、おまえ。


―赤也が呼んでるんだよ。赤也のところ、行かなきゃ。―


うるせぇんだよ、赤也赤也と・・・。

もう、言うな。その口、塞ぐぞ。

そして俺は、に近づき―・・・・









19










「っ!」


「あ、起きた。跡部せんぱーい、跡部せんぱーい。あれ?居ないのかな。」


「こ、こは?・・・?」


「そうですよ。私以外に誰が居るの。大丈夫?すごい熱だったんだよ。」








が眉を寄せて、首をかしげた。

そして、俺の額に手を伸ばした。

ひんやりとした手が心地よい。

は、まだ少しあるな、と呟いた。


・・・白い天井。俺の部屋にはない、華美な照明。


そうか、ここは・・・








「リビング、か。」


「そう。日吉がいきなり倒れちゃったからね。樺地くんに運んでもらったの。」


「・・・っち。だせーな。」


「まぁ、跡部先輩には申し訳ないかもね。

 せっかく合宿したのに、マネージャーと選手1名、熱で倒れちゃったから。」


「お前はともかく、俺は、倒れちゃいけねーのにな。」


「倒れて良い人なんて居ないよ、日吉。ほらほら、まだ顔赤いんだから、寝てて。」








起きようとした俺の上半身を押し、また寝かせようとする。

・・・まだ、意識が朦朧とするぜ・・・。


頭の上に、ひんやりとしたタオルを乗せて、は立ち上がり去ろうとした。


俺は、とっさにのマネージャー服の裾を、掴んでいた。







「どう、したの?」


「・・・どこへいくんだ。」


「跡部先輩を呼びに行くだけだよ、すぐ戻るよ。」


「だめ、だ。行くな、。せめて、俺が、寝付くまで。」


「!ど、どうしたの、日吉。そんなにつらいの?大丈夫?」


「つらくねー。ここに居ろ。」








今は、離れたくなかった。

夢の中で、こいつが、が、離れていきそうだったから。

今は現実だけど、もし俺が手を離したら・・・

こいつは切原のところへ行くんじゃないか、って。


どうでもいいんだ、こいつが笑うなら。

が笑うなら、俺はいいんだ。


だけど、が笑う隣は、俺でありたいと思う。


この独占欲に名前がつくことを、俺は、知っている。

今、やっと分かった。


どうして、あのとき、俺は寝ながら泣くの口に触れたのか。

どうして、あのとき、切原の挑発に否定をせずにいたのか。


のバカみたいに笑ってる顔が、いいんだ。

あいつの、してやったりと笑ってる顔が、いいんだ。

だから、熱のせいかもしれないとはいえ、苦しんでいる顔なんて見たくなかったんだ。


―ごめんなさい―と嘆く、あいつの言葉なんて聞きたくなかったんだ。

だから、口を塞いだ。

しかも、バカなやつ、と思う反面、とても・・・とても愛しく感じてしまったんだ。



否定をせずにいたのは、意地とは言え、あいつを好きじゃないなんて言いたくなかったから。

もし、偶然あいつが居合わせたらなんて考えてしまったんだ。

別に、居たって良いんだろうけど、いや、良くねーんだけど・・・否定、できなかったんだ。








「謎は・・・すべて、解け、た。」


「・・・・・・え、あの、日吉、え?コナン?ねぇ、それ寝言?ちょ、気になるんですけど。」








* * *








「跡部先輩、日吉の熱、少しだけ下がりましたよ。」


「そうか。も、夕食まで休め。お前も、病み上がりなんだ。」







カタカタカタとパソコンに何かを打ち込んでいく跡部先輩。

跡部先輩専用の部屋は、どこに行っても存在するようだ。








「それじゃぁ、失礼します。」


「待て。・・・日吉の”様子”は、どうだった。」


「んー。寝てる間も、うなされてました。起きたら、コナンでした。」


「はぁ?よくわからねぇよ。」


「なんか、謎が解けたとか言って、また寝ちゃいましたよ。」


「・・・あいつは口に出さないからな。なんか、また変な悩みでも抱えたんだろう。

 冷静に周りを見渡せて考えられるのがあいつの長所だが、

 どうも自分のことになると鈍いうえに、深く考えすぎるヤツだからな、あいつは。」








ふぅ、とため息をつき、めがねをはずす、跡部先輩。

・・・惜しいな。私、めがねの跡部先輩のが好き。








「まぁ、ある程度の予想はつく。」


「日吉の悩みがですか?すごいですね。」


「俺様を誰だと思ってるんだよ、あーん?」


「はいはい、俺様何様跡部様でしたね。」


「おまっ、本当・・・かわいくねーな。さっさと、自室で休め。」








しっしと、手を払うように跡部先輩は私を追い出した。


日吉の悩みか・・・。

無理に聞き出すことはない。

日吉からいってくれるのを待とう。

まずは、夕食前に、一休みしよう。

病み上がりなのは、確かなんだか「ー!」


「うわぁっ!」


「なになに、こんなとこで何してんスかー?」


「ちょ、びっくりさせないでよ・・・。跡部先輩の部屋に行ってたの。」


「え、密会?」


「ちがうから。あぁ、もう、離れて。風邪うつるよー!」


の風邪なら別に良い。あ、いーこと思いついた!」


「(絶対良いことじゃない)なにー?」


「身体を動かせば良いんだよ、俺も協力してあげるぜ?」


「はぁ?」








はぁ?と言った私の声と同時に、赤也が私を壁へと追い込んだ。

後ろは壁、両サイドには赤也のたくましくも細い腕。


前に居るのは・・・黒モジャ悪魔さん。








「・・・わたし、運動神経皆無だから。」


「だーいじょうぶ。俺が手取り足取り教えてあげる。」


「いや、良いです。遠慮します。顔近いです。あぁもう来るなー!」


「今日で合宿最後じゃん?だからさ、ひと夏の思い出・・・作ろうぜ?」


「ふ、ふざけないで。嫌だよ、まっぴらゴメン。」


「あーあー強がっちゃって、かわいーのー。」


「強がってないし!ってゆーか!本当に離して!早く休みたいの!」




「何やってんだぁ、お前ら?」


「あー!切原がちゃんのこと、襲ってるC!」


「ほー。こんな廊下でなんて、物好きなやっちゃやな。」



「「・・・・・・」」








た、助かったぁ。


偶然、通りかかった忍足先輩とジロー先輩とがっくん先輩。

赤也は、彼らの存在に気づくと、口をすぼめて、離れた。

圧迫感から開放された私は、ほっと一息をつく。

こわかったぁ・・・。








「ちぇー。あともう少しで部屋につれていけそうだったのに。」


「それは堪忍な。せやけど、うちんとこのマネージャー、なんもおもろないで。」


「胸も普通だし、顔も普通だしな!」


「がっくん先輩、セクハラですか。訴えますよ、そして勝ちますよ。」


「みんな知らないだけだC!ちゃん、結構くびれあるし、スタイル良いんだぜー!」


「え、何を言ってるんですか。ジロー先輩!見たことあるんですか!」


「えー?だって、俺、ちょーーーー目ぇ良いもん!」


「へ?目?」








「わからへん。ジローが俺には、わからへん。あいつ、やっぱり電波や。」


「長い付き合いだけど、あいつ、意外とやるよなー。」


「すげー。俺も、芥川さんに弟子入りしたら、目が良くなるんかな。」


「お前なら弟子になれるわ・・・。同種族やな。」


「あぁ。切原も、バカだな。」















ついに気持ちに気づきました、日吉君。
長かったですね、彼の葛藤は。
さてさて、ここらで、もう終わらせようかなと考えています、合宿編。

合宿編のテーマは、日吉の思春期と成長ですので。
一皮むけた日吉を早く書きたいです。