お願いだから、笑ってよ


笑った顔を、好きな人に冗談交じりでからかわれた。

たったその一言だけで、私は素直に笑えなくなってしまったのだ。

まったく、人の言葉は怖い。本当に言霊ってあると思う。人一人、かえてしまうのだから。


3年になって、クラス替えをした。好きだった人とは、端と端ほどに離れた。

悲しくはない、嬉しかった。私はもう、あの人が怖くなってしまったのだから。


しばらくは名簿順だったのだけど、争いがないよう平等にくじ引きをした結果、

私は全く関わることのなかった人種と隣になってしまった。


テニス部レギュラーの忍足くんだ。彼は、私によく話しかける。

クールな人かと思っていたけど、ね。


‘あとべ’や‘じろー’がどうだとか、‘がくと’や‘ししど’がなんだとか

彼からいろいろな名前が降ってきた。
とてもとても楽しそうに話してきた。

私は、ただ「えぇ、あぁ、そう。」ぐらいの相槌だったのに、

彼は、私を聞き上手と判断したのだろうか。ずっと、話しかけていた。


もっと笑ってみぃ、いややわぁ今のところ笑うとこやで、

口をあけて笑わんとわからんって、


彼は、しつこいくらい私にそう言う。

何を言ってるの、笑ってるよ、と私は今日も嘘をつく。

ある日、私の机がひどい有様になっていた。忍足くんはビックリしてスマンと言った。





「忍足くんが、やったの?」

「俺やあらへんよ、やってへん。」

「じゃあ、貴方が謝ることじゃないよ。」

「…かっこええな、俺、惚れそうや。」

「ありがとう。」


 

その会話から、彼はいつものように話しかけてくれなくなった。

いや、考え事をしているのかもしれない。


忍足くん、今日変だね、全然お話しないね、私が言う。

あぁ、せやな、うん、考え事や、彼が言う。


昼休み、彼はそんな調子で教室を去った。

それが、その日見た忍足くんの最後の姿。


午後の授業は、クラスの女子4名と、忍足くんが欠席というカタチになった。


彼は時々サボるので、私も先生も別段気にしなかった。

女子4名も、雑談の多い元気すぎる子たちばかりなので、

サボリだろうと、誰も言わなかったけど、そういうことになっていた。


翌日、忍足くんが珍しく私より先に来ている。

驚いて、おはよう、私が言う。

おはようさん、彼も言う。

 


「問題や。昨日、俺はどうしてサボったか。」

「…気分?」

「ちゃうなぁ。」

「じゃあ、不特定多数の彼女との密会、かな?」

「勘がええな、ある意味、正解や。」

「不潔ね、正常な証拠だけど。」

「ちゃうちゃうって、そんなんやないよ。」

「じゃあ、なにをしていたと言うの?」



なぜかわからないけど、私は少しイラついていた。

どうしてかはわからないけど。

 


「俺の好きな子に悲しい顔させとったから、制裁しとったんよ。」

 


真面目に、真剣に、そう言うから。私なんかを見て、言うから。

ばかだよ、ばかだね、忍足くん、趣味悪いなあ、と私が言う。

あっ、自分、今、笑ったやん、わー宝くじ当たった気分や、と彼が言う。

 


「笑った顔のが、ええな。やっぱ。」

 


言霊は、絶対にあると思う。

一年前に好きだった人の何気ない言葉の呪縛が、解かれた気がした。

なぜなら私は今、自然に笑えているのだから。

 



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